譚さんが28号楼にいることは前書いた.そのうち会うことにしようと 黄さんとも話していたが,ある日偶然ASg棟のそばでばったり 出くわして,ヤアヤアーということになった.今度の土曜日に 家においでよ,金曜日に電話してくれ,との ことで,電話番号を書いてもらった.二人とも適当な 紙を持ち合わせていなかったので,ティッシュペーパー に書いてもらった.所内からなら最後の4桁.そうでなければ 頭の4桁を付けてくれ.とのこと.
金曜日夕刻アパートに帰ってから電話しようとして, え!ということになった.入り口横の電話機が所内 には通じるものだとばかり浅はかに思い込んでいたのが, いざ掛けようとしたら,ダイアルもボタンもないことに 気がついた.インターフォンだったのだ! 自分の間抜けさに あきれる.
それでは今や携帯を持っているのだから8桁の番号で やればいいはず,と掛けてみると,なにやら中国語で 「そんな番号ありませんよ」と言われている感じに なる.ヤバー.研究室にまだChenさんがいるはず. 帰ってしまう前に聞いてみよう.研究室には 所内通話できる電話もあるだろう.急いで 行くと彼はまだいたが,電話機は黄さんの部屋にしかない, もう先生は帰った*. ご主人のChenさんの方に も電話するが,譚さんの電話番号は分からない. こちらのChenさんに何かわかったら...,ということで ともかく家に帰る.
翌朝,どうやったら連絡できるかと思案して, 正門入り口の守衛のところに駆け込み訊いてみようと 出かけた.そのとき図書館の近くで譚さんが こちらに向かって来るのにぱったり出くわしたのである. 黄さんにこちらのアパートの場所など聞いて,訪ねて くる途中だったいう.
(*)黄さんはそのとき夕食かなにかで,部屋にいなかった. そのあと,部屋に戻り,ICRC関係の準備で夜の11時頃まで 研究室にいた.黄さんの携帯は電池切れで通じなかった.という ようなことで,金曜の夕方はなんともならなかった, のが実情とわかった.こちらからの携帯電話が譚さんに 通じなかったのは 番号をティッシュに書いてもらったので,頭の数字を 読み違えていたとういうお粗末だった.
無事女房共々譚さんの家に招かれ,素晴らしい おもてなしを受けた.さすがに高能研一のマンション, 素晴らしい部屋で大きい. 7階の西側(702)なので,南側の部屋からは朝日が 出て夕日が沈むまで素晴らしい景色が満喫できる. 奥さんの郭小娟(Guo Xiao Juan)さんとの二人 暮らしで,部屋が広すぎて掃除が大変と言っていたが, わが東京のゴミ屋敷とは比べるべくもない. 残念なことに,我がカメラ(=iPad)を持参するのを 忘れたので素晴らしい部屋の写真を撮れなかった. 坂田さんは来たことがあると言っていたので, 素晴らしさはご存知だと思う.
譚さんは引退後は趣味に生きることを 心がけているそうである.ここ5年以上 書道,京劇などにハマっているそうだ. 週に何回かそうした趣味の集まり で出かけるそうである. どこかに出かけ,景色などに感激すると 自らの詩が湧き出て来るそうで,部屋に飾ってある 素晴らしい書も有名詩人のそれではなく,自作の 詩とのこと.韻をふむなど本格的である.
後日(6/13),黄さんが高能研に住むASg関係の人との
食事会を開いてくれ,その時,譚さんが
京劇の独唱の一コマを10分ほど披露してくれた.
そのほんの一部
耳に当てているのは肌身離さずもっている京劇の教材.
京劇は発声法,呼吸法が非常に体に良く,太極拳に勝るとのこと.
張 吉龙(Zhang Ji Long)さん 卢 红(Lu Hong)さん (後ろ右側) も来てくれ た.張さんは近くのアパート(27か26号楼?),卢さんは譚さんと同じ 28号,でも二人とも譚さんのから比べれば,めちゃ小さい所ですよ と言っている.昔,名古屋に行った時,二人とも村木さんの家に 招待された,とのこと.
張さんは奥さんがこの秋で歯科医が定年になるので, 二人で10月国慶節のあとに九寨溝に行く,一緒に行きましょう,と 誘ってくれたが,なにせ女房は膝痛で階段の上り下りもままならない, 残念ながら無理そう.卢さんは長く羊八井観測所の所長をしているので, 最長一年のうち何日くらい向こうにいましたかと聞いたら,2ヶ月 とのことで,所長といっても普段は高能研にいるので,格別向こうに 長く滞在はしませんよ,ということだった.
譚さんは旅行も趣味でご夫妻で来週から1週間アイルランドあたりを 訪れるとのこと.旅行の写真関係は奥さんが担当のようで, プロ並みのカメラを使い,DVDに整理するなども皆やられるようである. 九寨溝の話が出たので,参考になればと夫妻で訪れた時のDVDのコピ ーをいただいた.
ある日のこと,中国語で検索かけるのが
いいような事例がでてきたのでbaidu.comに入り,
漁っていると,
从乌蒙山到念青唐古拉——百年宇宙线究的中国...
来源:未知 / 作者:小易 / 2016-08-01 20:41
という出だしの論文というか記事に出会った.
なにやら宇宙線のことを書いている.
本当の作者は不詳であるが,小易という人が紹介している
ような記事である
これが元記事である(DLには時間がかかるかも).
もちろん全編簡体字の世界,詳しくは解らないが,
タイトルの百年...から推察して中国の宇宙線研究の歴史を
書いたものらしい.
パラパラと見て行くと
Hessとか張文裕とか,歴史上の人物の名前や,
我々日本人の名前も出てくるではないか.
宇宙線研究には高山がつきもの.タイトルの山は 有名な山か? 从乌蒙山というのは聞いたことがない. だいたい発音も解らん.いろいろ調べてみると从 は山の名前の一部ではなく,fromだと分かった. そうか,それなら, 到は地下鉄/バスの中国語でおなじみ到了*だから この場合,toだろう.
すると,from xxx to yyy
だ.しかし,xxxの乌蒙山もyyyの念青唐古拉も解らん.
乌蒙山は記事の中をみたり,検索かけると
雲南の山のようで,標高は2000mちょっと.あまり
高くない.yyyの方をじっと見ていると,
ネンチントウコラ...むむ,そうか.羊八井に行くと北のほうに見える
7000m級の白雪の連山ニェンチェンタングラ
と読めるではないか.そうだチベットのことを言っているのだ.
(*)「到了」のスペルは自信がなかったので,
和文->中国文の翻訳をやってくれるwebサイトを当たってみた.
「xxxに到着...」という場合は到达と訳している.
その他,「到着」を使った色々な例文に到了は一つもない.
到达了というのはあった.地下鉄でもバスでも
daolaと聞こえる発音だ.达もlaなのか?
そこで,上記は,「到了」を 「到达」と書き改めて,
文章も変えていた.
いつも中国語では女房にやり込められているので,
あるとき,
ダオラは「到了」ではなく「到达」と書くんだぞ,
と講釈たれた.その日に女房とバスに乗っていたら,
「玉泉路西到了」と字幕が出た...
あのweb pageは一体何だったのだ.発音も調べたら,
达は尻上がりのdaらしい.達の簡体字のようだ.意味的には
「到达」でもいいようだが.
さらにいろいろ漁っていると,
作者は譚さんだと分かった.
2013年,“物理”という雑誌に発表したものと分かった.
(!)後日Lin君やZhang Y.さんに乌蒙山というのを
知ってるかと,聞いたが,知らなかった.Linさんが
“物理”の本物をD.Lしてくれて,中身をみると
英語のアブストもあって,そこでのタイトルは
「From a Yunnan mountain to a Tibetan highland
–the story of a hundred years of cosmic ray research in China」
となっていた.
また,その後,黄さんにも聞いてみた.さすが,黄さん. 当の論文のことも含め120%知っていた. 文中にでてくる赵忠尧は中国の偉大な先人だそうだ.
「物理」に載っていた
本物のPDFはこれである.
(谭有恒. 从乌蒙山到念青唐古拉——百年宇宙线研究的中国故事[J. 物理,
2013.42(01)13-22) 我々のことが出てくるのはp.17の「3 西藏计划的难产」
の左の辺りである.