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3  高能物理研に来てみて

2011のICRC(宇宙線国際会議)では高能研の近く(地下鉄隣駅の八宝山) までは来たと思うが, 高能研の中には入ってない.その少し前には威海(WeiHai)での会議が あったが,おそらく上海に寄っただけで,北京には来てない だろう(訂正:女房によると北京空港経由で向かったらしい). たぶん,15年振りとかの訪問のはずである. 1989年のTibet ASg実験建設開始の際に高能研にも数日間は滞在したが, 一番長く滞在したのは1984年のカンパラ山でのエマルション チャンバー実験のために,春節の真冬に1ヶ月強滞在したのが 脳裏に残っている.その当時の写真と現在の姿を くらべれば隔世の感を否めない.


Figure 1: 正門のあたり,左:1984年(小豆色のコートは雨森氏.) 右:2017年

84年は弘前大の雨森氏と一緒だった.西単の民族文化宮に宿泊し,毎日 1号線の地下鉄に乗って玉泉路まで通った.地下鉄の車内放送 が中国語の聞き取りなどの重要な教材だった.ミンズウゴンは今も 健在とのことである.


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