招聘といってもある日突然招待状が来るわけではなく,きっかけは
2015年の秋の名古屋での宇宙線に絡めた超高エネルギーハドロン相互作用関連
のワークショップであった.黄さんはTibet ASgの一次宇宙線スペクトルと
ハドロン相互作用の関連を発表するよう組織委員会から招かれた.黄さんは
会議が始まった当初は果たして来られるのかどうか,皆はっきり読めない
状況であった.
実際は発表の前夜に到着,次の日発表,その次の日は もう帰国という強行スケジュールであった.普通だと,折角の機会だから ASgの主力メンバーがいる宇宙線研究所によってから帰る,という ようなスケジュールを想像するが,外国出張についてはすこしでも主目的 から外れるような行程は,国からの許可を得るのが大変で なかなか組み込めないと聞いた.
会議にはASgのメンバーは私くらいしか 来てなかったので,発表の日,黄さんと夕食を共にし,科学院の 招聘の話が出たのが始まりである.
後で知ったことであるが,同じような招聘を横国大OBの柴田さんが 1年ほど前に受けていたが,ご家族の事情で着任早々で帰国 せざるを得ないことになった,とのことである. 黄さんとしてはその穴埋めの必要もあったのかもしれない.
最初の予想ではすぐにも公募がはじまり,(合格すれば)春とか夏とかには 出かけるというようなものであったが,実際には春が過ぎても 公募の話はなく,もう立ち消えかと思っていたら,夏には書類を 揃えて提出という段取りになった.この時は年内に結果はわかり, 年明け早々から北京へ行くことになるような話であった.が, 結果は年明けになってからわかり,実際の予定はその後に決める ということで,ビザの取得などを考えると,4月に出発するのが 最短のスケジュールということになった.ということで,4月 半ばから,5月半ばの1ヶ月をまず足慣らしとすることに したのである(5月末にはどうしても日本にいないといけない個人的 事情もあった).