9月半ばに高能研に戻って,しばらくしてから, 所内でも普段あまり通らない幼稚園前の通りを 歩いて行くと,あの形容しがたい 床屋 が消えている.

繁盛していたから潰れたのではないだろう. 店の掘っ建て小屋はなくなり,瓦礫の山と化している. 瓦礫は掘っ建て小屋が寄りかかるようにしていた アパートの壁のレンガかと思ったが,どうも違う ようである.
さらに少し先に行き,北門を出ると,あの「英語を 喋った八百屋のおばさん」のいた八百屋の掘っ建て小屋もない. ただ,ここは小屋はないが,パラソルなどを広げて 商品はそろえて,商売はやっている. 以前のゴミゴミした風景ではない.
さらにしばらく先に行くと,やはりこの八百屋と 似たような掘っ建て小屋で飲み物などを売っていた 店も瓦礫の山と化している.
3つの掘っ建て小屋が時を同じくして取り壊されるとは
こはいかに? どう見ても綺麗とはいえない掘っ建て小屋は
即刻取り壊しせよ,という党のおフレでもでたのであろうか.
そういえば,本館裏の党のお告げを出す通りには
こんな横断幕が7月ころからあちこち掲げてあった.
上2つはだいたい分かる(堵は分からなかったが,「 塞ぐ,防ぎとめる」,
で,堵通道は「通り道を塞ぐ」, らしい).
一番下は辞書を引いてみると,どうやら
「違法建築物は法に従い解体する; 法に争(あがら)う者は断固処罰する」
といった感じのようだ.
上記の3つの掘っ建て小屋はいずれもまともな敷地
にあった店ではない.まさに上記の横断幕の言う通り
「道路不法占拠」につき
取り壊しのお仕置きを受けたのであろう.
上段の床屋のそばに行ってよくみて見ると,
Afterの写真中央に小さく見える緑の看板が出ていて,
小社理髪室は
屋内にあります
と書いてあった.壁一枚向こう側に移っただけであるが,
うまい具合にそこが空き部屋になっていたので助かったらしい.
2番目のはパラソルなど広げて, これは建物ではありませんという言い訳が できそうなナリフリでなんとか当座の営業 しているのだろうか.よく見ると,街灯の両脇に 車止めのような杭が2本新たに設置されたようである. 車は入れないが,公共の人道といった感じか(*).
3番目のは完全に消え去っている. どうみても完全な道路上にあった店だ. まさかこのようなことがあるとは思っても みなかったので,Before用のいい写真がなかった.
(この写真の「党」のお告げは 本館裏のものとは異なるもの)
(*) 10月10日に行ってみると,afterのafterで パラソルなどもすっかりなくなり,全体が綺麗な歩道 に変化していた.

所変われば品変わるというが,日本では当たり前の ようにあるもので,此方にはないもの.またその逆も 当然ある.全くないものというは珍しいかもしれないが, なかなか手に入らず苦労しているものを以前の続きとして 書いておこう.
ネットで検索するとやはり北京あたりに 来ている人は苦労しているようで, 普通には手に入らないよう. 日本人が多く住むと言う東の朝陽区あたりに あるヨーカ堂では売っているが,めちゃ高いとか, 韓国人街のどこそこにはあるが,行ったら 売り切れていたとか,いう記事があった. パン粉に限らず,日本人好みの品はそこらあたり か,さらに東の三元橋,四元橋,五元橋 とか,飛行場よりの地まで 行かないと無いものが多いようである. よほどのことがない限り,そこまで出向くのは しんどい.
パン粉は,パンを粉々にすればできるはずだからと 自作することにした.
粉々にするには乾燥させないといけない.
フライパンに直接パンがあたらないようにして
じっくりと焼き,それを”おろし”金(*)で砕く.
全部は砕けないので,包丁で細切れにして,
細目の金網に擦り付けて目を通して
さらに細かくして,一応それらしいものが
できた.味見はこれから.
(*)以前サンマの塩焼きに付ける大根おろしを
作る時,おろし器がなくて苦労した.後で
先人の残していた日本では見ないおろし器
のようなものを発見していたので今回はそれを使った.
パン粉作りの三種の神器である.
こちらの食パンは砂糖で(?)皆多少
甘みが付いている.ヨールルトもプレーン
がないのと同様,不思議であるが,
これがトンカツなどの味に吉とでるかどうか.
潤田農園(润田农园:rùn tián nóng yuán)
(Web pageではron ten bio farm)
では日本語のページもあり,Webで注文できるらしい.
しかし,
注文は1月単位で,各週に1回配達するとある.残りの日数は
もう1月を切った.配達が週に1回の決まった
曜日だというのも今回はまずい.
日本語の検索ではどうも役立つ結果は出て来ない.
そこで baidu.com に入り漢字を入れて検索(*)すると,
「有機野菜を扱う6大超市の現状(の駆け足見聞)」
といった感じの記事が目に入った.
載っているのはみな北ないし北東方向のかなり離れた
場所.住所らしい簡体字を頼りにbaidu.comの地図で
検索するとやはり三元橋とかのあたりが多いようだ.
その中では人民大学という厳(いかめ)しい名前の地下鉄駅の近く のスーパーがまあ手頃に思えた. 玉泉路の交差点にあるスーパーと同系列のもの(超市发=スーパー発) のようだ. baidu の地図の使い方はかなり覚えたので, 玉泉路からそこまでの経路と時間を表示させると, いくつかの経路が表示され, 地下鉄利用以外にもバスを1回乗りつげば, 目の前に行けることがわかった.
女房(このとき日本に帰り不在)の 「バスの方が安い,周りの景色が見えていい」 という哲学にならい,バスで行くことにした. 知らないところに行くのは結構面白いものである. (通常地下鉄より多少時間はかかるが, 今回は地下鉄とあまり変わらない1時間前後)
バスはスーパーとは反対側に止まるので,交差点まで200mくらい 行って戻ってを繰り返さなとダメかと思ったが, この辺りは,珍しく整備がよく 歩道橋が設けられていて,渡ってすぐのところにスーパはあった.

有機野菜の専用コーナがあり,そこには証明書が掲示してあった. 有機を名乗る偽物も多いらしく, これとても本物かどうか素人には分からない. (日本の「大地を守る会」とかが中国の NGO と連携して本物の普及に勤めているらしい). ここでいくつかの野菜を購入.また,有機米と有機蕎麦 というのも買ってしまった.
(*)baidu.comでの検索は簡体字で入力 しなくてもてもほぼできる.普通に漢字を入れると, 検索候補リストを簡体字で表示してくれる, 英語をいれたりカタカナを入れたりしても 前後に必要な漢字が散りばめられた候補が でるので,適当に利用することもできる. 簡易な繁体字→ 簡体字変換器 としても使える.変換専用のWebページなどより むしろ速い.
実は,ヨーグルトはタネ菌を日本から持って来ていて, だいぶん前から当地で培養しているので 買う必要はなかったのだが... 培養には30∼40度C程度の温度環境が必要である. これは発砲スチロールの箱を利用して実現した.
ただし,北京ではバスに1,2人の車掌や補助員 みたいな人が必ずいるので,乗り降りは手助け してくれる.また,乗れば,たいていすぐに席を 譲ってくれる人がいる.時には補助員が乗客に 「席譲れ」みたいなことを言う場合もあるが.
チビども2人にもバス,電車ではすぐに席を 譲ってくれる.こちらはそのおこぼれで座れる ことが多い.また,大きな荷物をもって飛行機 場に行くときなども,手伝ったくれる人は 多い.日本とは明らかに差がある.
「おもてなし」とか何とか言っているが, 前にも書いたように, このあたりどうも日本は最悪レベルだと思う.
バスの話のついでに.ここ北京では2階建のバスや 2両連結のバスを頻繁に見かける.どちらも日本では 乗合バス(古すぎる言葉か?)にはおそらく見かけない ものだろう.2階建は見物にはもってこい.短距離の 利用客は2階に上がってこないから大抵2階は空いている.
(*)後日,日本全国での普及率は50%程度.都バスは100% という新聞記事をみた.ノンステップバスも後部は階段状 になっていて,フルフラットではないので,フルフラットバスの 開発で先行するヨーロッパ(国は忘れた)を20台程度輸入するという ことであった.
北京の極寒はいつか? それは最低気 温が−20∘Cくらいになる 春節の頃かというと,さにあらず.10月下旬から11月中旬 だという. 高能研の暖房は「お湯暖房」である. 外観がいわゆるスチーム暖房器と同じような 蛇腹のような放熱装置 に高熱のスチームではなくお湯を流す.お湯の温度は たぶん40度C弱くらい.幼児が触れてもアチチにならない 程度である.このお湯は高能研で独自に沸かしていて 近隣にも配給しているとのことである.Huangさんの話では pm2.5でやかましい折なのに,まだ高能研は石炭焚いてるんですよ, ということだったが,どうやら,そうではく,すでに 石油かなにかに切り替え済みだというのが真相の ようである.
北京の一般の住宅(アパート: 個人住宅らしきものは見たことがない) も暖房は水道,ガスなどと同様, 市が支給しているそうで,おなじく温水暖房だそうだ.支給される 期間は11月中下旬から2月いっぱいあたりが標準だそうである. 料金は部屋の総面積で決まるそうで,温水は24時間流しっぱなし.
今年は例年より冬の訪れが早く,暖房の開始時期は早まるのでは と言われていたが,ここ高能研では独自の施設があるため, 11月8日に暖房が開始された.一般住宅ではまだのようである. 8日の朝になってみると,なにやら放熱板のあたりから, ほのかな温かみを感じた.触ってみると確かに 温水からの放熱のようである.
10月下旬からどんどん気温は下がり始め,11月に入ると 最低気温は1度前後から,ついにはマイナスにまでなった. まさに東京近辺の真冬の気温である. 北京秋天の言葉はあるが,北京は夏から一気に冬になり, 秋はありません,ともいう. ちょうどその頃 暖房が入ったわけである.ほのかに暖かい程度の 温水暖房が果たして効果があるのか? 最初は心配したが, 24時間流しっぱなしのため,数日すると常春の ような環境になるとのこと.事実そのようになり, 暖房が入った日から空調のヒーターは入れずとも 部屋の中では寝巻き姿でも問題ないレベルになった.
次節のようにアパートには空調があり,ヒータとしても使えたが, 研究室にあある空調にはヒータ機能はないようである. 10月中下旬から暖房の入る11月中下旬までが そうした環境では「極寒」の季節となるわけである. みな,ヒマラヤでも行けそうな厚手のキルティング の防寒具を身につけて論文読んだりパソコンいじったり となる.
一番暑いと言われる8月と9月中旬まではいなかったので 冷房を使う機会はあまりなかった.冷房用の空調は アパート全体で全館冷房といった仕組みでは通常 用意されてないらしく,部屋ごとに個別に空調機を 設置するようだ.どのアパートも室外機が ぶら下がっているのが目につく.借りたアパートでは 居間と寝室にそれぞれ空調機がついていた.
空調のコントローラは手のひらにすっぽり入るほどの 小さく簡素なもので,どうも冷房の機能しか提供しない 感じがした.電源Onにしたら冷房が入ったので そう思ったの節(ふし)もある. 10月初旬になるとだんだん寒くなってきた. 温水暖房が入ると言う11月中旬まで これでは大変と思い始めた.研究室にはなにやら使ってない 電気ヒータが転がっているので,それを搬入したらどうか なとか...その前に,コントローラを今一度チェックと, 色々いじっていると,冷房機能以外に暖房機能も あると判明,さらに,On/Off用のタイマー機能も 付いていることがわかった.これで安心.

電気,ガス,水道代は従量性である. 電気代はあらかじめ払い込んだ 金額の残額が部屋の入り口近くのメータに 表示される仕組みである.たくさん払い込んで おけば安心であるが,部屋を引き払ったときに 残額が戻ってくるわけではないので,最後に あまり無駄が出ないようにしないといけない. (残額が0になった瞬間送電はストップされてしまうのか, ある程度の猶予があるのかなどは不明). そこで10月始めより日毎の残額を記録してみた.
10月最初の1週間ほどは,図のf(x)の勾配から,電気代は≈ 3元/日 程度(∼50円)である.空調は使ってないので,その 主なものはシャワーの温水作りの電気ヒータであろう. (ほかには冷蔵庫,テレビ,照明代など).
2週目からはヒータを入れ始めた.すると,日額は4.8元(gの勾配)に なり,チビどもが来たときは,シャワー,ヒータの使用量が 増えたのか,これが∼ 6.7元(hの勾配)までに増えた. 10月最後の週になると,気温の低下効果により勾配はさらに若干急になったが, チビどもが帰ると,hの勾配のままで良い近似になっている. 帰国する数日前からは温水暖房が入り,ヒータは使わなくなったので 勾配はfとほぼ同じになった.図では残額は∼ 4元と 絶妙の制御をしたかに見えるが,実際は熱暖房の入る時期や効果が 不明だったので,11月の1週目の終わりころには20元を追加して いた.グラフの点にはこの+20は入れてない.
ガス,水道代は最後の日の3日前くらいのメータの読み に従ったが,これは5ヶ月分まとめたものである. 水道代は275元,ガス代に至っては50元(10元∼170円/月)ほどで 驚くべき安さだ.
部屋面積で決まるという温水暖房代は不明のままである.
娘と孫どもが 1週間の予定でアパートに転がり込んで来た. 10月21日,第19回党大会というのが終わる直前の ことである.これまで土日も殆どどこにも行かずに 過ごして来たので,北京の有名どころを案内 することにした.娘は女房とだいぶん前に 北京に来ているので,有名どころは既に行っているのだが, 昔のことでもあるし,チビさん達も興味を持ちそうな ところを再度訪れることにしたのである.
11月26日.党大会は24日に終わっているので,天安門は
空いているはず,ついでに
景山公園も,と出かけた.
実際,国慶節の
時と比べれば,人の数は1/10以下くらいでがら空きと言える
状態だったが,バスを降りた「天安門西」からはすぐには
入れず,国慶節の時と同じく,前門の近くまで
歩かされた.国慶節の時と比べれば,
1/10以下の人数なのに10倍の時間=1時間以上
が安検でかかった.待っている間だんだん腹たって来た.
長い行列にもかかわらず, 安検の場所が2箇所しか儲けてない. 日本なら検査場所もっと増やせの大ブーイングが でるだろう. おまけに,国慶節の時はやってなかった身分証 検査まである.チビさんの水筒の蓋開けて,匂いまで 嗅ぐ始末だ.こんなことやっているとどんどん中国嫌いが 増えるだろう.
トイレ事情では表記のような話をしたが,さらに紙の話には 続きがあった.ただ中国絡みだが,中国の内部での ことではない.11月13日に帰国したおり,女房が 羽田のモノレールの駅構内に入り,トイレに 入ったら, 「紙はトイレに流してください」(中国語で) という張り紙があったそうである.紙を流しては いけないという習慣のしみついた中国からの 旅客が多いことから作られた張り紙だろう.
公園などに入る時,昔は外人専用の窓口があり, 中国人より高い料金が課されていた.だいたい, 通貨が「外貨兌換券」とかで,一般の中国人の使う ものとは違ったのである.
最近は外人専用の窓口などは見たこともないし, 窓口に表示してある料金も,中国人と外人を 区別する文言らしきものは見当たらない.あるのは 老人,子供,ハンディキャップを負った人,などの 区別で,60才とか65才以上は半額,あるいは無料, 子供は概ね6才が目安だが,年齢ではなく 身長120cm以上と未満で区別する.未満は多くの場合 無料である.(バス,地下鉄も).身長が基準 未満かどうかは窓口に120cmと書いた白線などが引いて あるのでそれを目安にする.
年齢確認は中国人は身分証を 見せるが,外国人はパスポートになる.ただ,多くの所では 証明書を見せるまでもなく顔姿でOKとなる.
ところが,天壇公園に行った時はなにか変なことになった. 娘(大人料金)と孫2二人(120cm未満なので無料)はいいとして, 女房と小生は 「老人」(ラオレン)と言ってもダメで,パスポートを 見せる,と,なにやら喚かれ,普通の大人の料金を 取られた.どうも外人はダメだみたいな感じで喚かれた. いままでそんなことはどこでもなかったのだが.
別の機会に女房と二人で頤和園のそばの圓明院に行った. あらかじめパスポートを用意し,窓口で「ラオレン」と 言うと, マイクを使って大声で何か言われた.てっきりラオレン などダメだと怒鳴られている,と思わせるくらいの 迫力である.しかし,よく聞いてみると,お前らは 無料だからそのまま行け,とのことであった. 切符チエックのところでもラオレンと言って 問題なく通れた.
またあるときはやはり女房と二人で,
八大処という山際の公園に行った
このときは「ラオレン」で半額の
券がすぐに手渡された.
中に入って暫くして,中国人の65才絡みの
夫婦らしい二人ずれがなにか大きな声で
話しかけてきた.小生は全く理解できないが
女房もこういうときはあてにならない.
どうも入場券のことを言っているようである.
「お前ら半額の券で入っただろう.外人には
適用されないのだぞ」てな
感じに聞こえる勢いである.
なんだか分からないが, 半額の券2枚を見せてみる.するとさらに なにやらでかい声で喚いて,離れて行った. 女房の解釈は,「お前ら違反だそ」の 方だが, 「無料だからそのまま行け」と言われた ときも怒られていると思えるすごい 声であった.一般に中国人は普通に喋っていても 喧嘩してるのではと思えるくらいだから, この二人の中国人も 「われわれ外人二人がちゃんと半額の割引券買って 損はしてないでしょうね」と気遣ってくれたのかも しれない.券を見せたらでかい声でなにか言っていたが すぐに離れて行ったからだ.
いまどき外人だけ高いという料金制度はない と思うのだが...窓口にもガイドブックにも そのような記述は見たことがない. 天壇公園 の窓口のオネーさんはなんでパスポートを見せた 瞬間ラオレン料金を拒否したのであろうか. 複雑なことに立ち入る能力はないので泣き寝入り するしかないのだが.
超市 発 への経路
超市前とバス停の地図
有機野菜買いの往復のバスの途中で東西500mはあろうかという
巨大ショッピンモールを見た.
ここなら有機野菜など,いろいろなもあるかもしれない.
またの機会に来てみよう.
巨大モール: 地下鉄10号線长春桥(長春橋)駅のすぐ 西側,远大路(遠大路YuanDaLu)沿にある.名前はよく分からないが, 地図では世紀城とか世纪金源南广场といった名前がビルの辺りに書いてある. 地下鉄で来れば乗り換えが必要だが,アパートからは运通114番(運通YunTong) バスで远大路东口站(東口駅)で降りれば直ぐ,一発で行ける. 超市 “発” へはこのあたりで乗り換えても良いだろう.
有機野菜を探していた時に
,別の超市(?)が沃尔玛にもあるような記述を見た.
場所は巨大モールのわりあいそばである.
沃尔玛の位置は赤地に白抜きで1と書かれた場所.
沃尔玛はなんと発音するのかと探って見ると,
どうもウオールマートに近いものらしいので,
店の名前ではなく南側にある世紀城と書かれた半円形の
巨大ビルをさすのであろう.
そのなかのどこかに有機野菜店があるらしい.
最初からここを探ってみるべきだったかもしれない.
运通114番というバス番号の頭の运通とは何か . 特10とか919快とかなら急行とか快速で各駅停車でないとはわかるのだが. 以前から気になっていたので, Zhang さんに訊いたら,会社かな?というが,良くは知らなかった. 彼女が調べたところ,やはり会社の名前だったのだが,今は 他の会社に吸収されてその会社はない,しかし,114番と区別するため 昔の会社の名前をそのまま残しているのだそうだ. 日通が日本通運の2文字略称なのと同じ略称だろう. 頤和園の方に行くと この 运通がついた番号のバスが多いことも後でわかった.