Previous Up Next

4  西単,民族文化宮,前門近辺...

昔訪れた観光地は行ったことくらいは 覚えているが,具体的な記憶はたいていの場合 ほとんどない.だから再度訪れてもいいのだが, 行ったことがあるという記憶だけで,なかなか 腰が上がらない.表記の場所は観光地とまでは 言えないかもしれないが, 西単の民族文化宮は1984年に雨森氏と 滞在したという昔のとっかかりがある. みな,民族宮(ミンズウゴン)と呼んでいた. 民族宮が西単にあったことは すでに忘れていたので,西単がどんなところかも まったく記憶にも写真にも残っていない. 地下鉄駅の西単から高能研に 1ヶ月くらいは毎日通っていた? のにである

4.1  自販機発見!

そこでまずは西単,民族宮を見て見ることにした. 西単は4号線に乗り換え可能な中心部の大きな駅. 他の駅と比べて格段によく整備されている.地上に出る 地下道を歩いていると, ついに自販機発見! 登り下りのエスカレーターも付いている. 高能研に来て不便と思った第1は自販機がないこと.なにか 飲みたくなったら,生協まで往復15分とかかけないと 手に入らない.所内には自販機はない.食堂もお茶、水の サービスはない.飲み物自体を販売してない. 昼飯に飲み物もと思ってもその場ではなんともならないのである.

高能研だけでなく,どこを歩いても自販機は見かけない. 人気の少ないところに置くと,壊されて現金略奪に 会うということだろうか–アメリカあたりだとこれが 問題らしいが.北京ではここ以外ではまだ見たことがない.

4.2  新宿を上回るきれいな百貨店群

西単の駅の北西側の出口にでると,  北側一帯はすべて デパートのビルのようである.  西単の位置づけとしては 新宿あたりに相当する街の感じだが,土地柄広くゆったり とした観景は,ゴミゴミした新宿よりはかなりマシである. 歩道に設置されたエスカレーターもあり,整備はよくされている が,残念なのは,上りのエスカレーターが2組あるのに下りは ないという,点である.上りより下りの方が難儀する人は 結構いる(女房もそうだが).デパートは皆すごく綺麗で 日本の高級デパートと似た感じの作りで甲乙付けがたい.

民族文化宮殿というのがどのような経緯で できたのかは知らないが,中国の民族統治の 一貫でできたものであろうか. 現在の民族宮と84年当時の写真を比べると,建物には 変化はないようである(写真の左が1984年,右が本年2017年の撮影). 違いは現在は大きな木が生えていることくらいだろう.

当時は ホテルとしてだけ使われていた,と思っていたが, 当時の写真の下にはめ込んだ玄関の案内を見ると 正面ホールでは展示もやっていたようである. 干旱とか种とかいう字が見えるが, 「乾燥地帯での草木の育成展」といったものらしい.

今回行った時は「解放軍創設90周年記念の書道展」 というなにやら厳しく,引けてしまう展示を やっいた(右側の写真. 入場無料). ホテルとして使われているかどうかは 分からなかった.展示は普通の書道展の感じであったが 閉館まじかであったためもあろうが,見物客は 2,3人のレベルで閑散としていた.

こちらは展示が目的ではなく,昔 懐かしい民族宮を見にきたのであるが, 中にいた係のおっさんに,私は 35年前に ここに来て泊まった,てなことを言ったが, 35年前に造られたのか?と尋ねたと受け取られたのか, ここは50年前に造られた,てな返事をされた. 今はどう使われているのかなど聞きたかった が無理. 当時,出入りは正面からしていたと思うが, 泊まっていたのは左右に張り出た3階?建ての部分 のどちらかであったと思う.

当時ここが一般に 解放されていたホテルかどうか分からない. 科学院の「客」ということで高能研で予約して くれたから泊まれたのは確かであろう.

民族宮の正面を走る片側6車線の 北京随一の大通りの向こう側 の景色も昔の面影は(具体的には覚えてないが)全くなく, 大きな銀行のビルなどが並んでいる.

4.3  前門あたりをうろつく

さて,西単から前門まではバスでほんの少し. 近辺をうろつくことにした.行ってから気がついたが, 前門通りを走る観光用路面電車を見て,2011年の ICRCの際も訪れていたことを思い出した.あのときは 琉璃厂から裏道を抜けてやって来たはず.トイレ事情 で述べた,ものすごい公衆トイレが健在だった.

今回は前門近辺のメインストリートだけ


Previous Up Next